大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和56年(オ)583号 判決

上告人

山田浩司

右訴訟代理人

宮内勉

清水賀一

向田誠宏

被上告人

世界長酒造株式会社

右代表者

小網與八郎

右訴訟代理人

池上徹

主文

原判決中上告人敗訴部分を破棄する。

前項の部分につき被上告人の控訴を棄却する。

原審及び当審における訴訟費用は被上告人の負担とする。

理由

一上告代理人宮内勉、同清水賀一の上告理由第一点について

1  原審が確定したところによれば、(1) 蔡謀邦は、昭和二二年三月二五日上告人から同人所有の本件従前地を賃借し、同地上に移築前の本件建物を建築した、(2) 関はなは、昭和二四年一二月蔡謀邦から本件建物のうちの第一審判決添付第三物件目録記載(三)符号Gの部分(以下「G部分」という。)を賃借して酒場を経営し、昭和二九年五月二〇日被上告人との間で被上告人の製品である清酒「世界長」を専属的に販売する契約を締結した、(3) 被上告人は、昭和三〇年ころ右契約に基づき、G部分の屋上に「世界長」と表示されたネオン看板を取り付け、関はなに対し、設置場所代、電気料及び看板管理費用として年額三〇万円(昭和三八年六月一日以降は月額五万円に変更され、更に、昭和五〇年一〇月ころ以降は月額七万円に増額された。)を支払つた、(4) 神戸市長は、昭和三八年九月三〇日神戸国際港都建設事業生田地区復興土地区画整理事業に基づく土地区画整理の施行に伴い、第一審判決添付第二物件目録記載(二)の土地を本件従前地の仮換地とする仮換地指定を行なつた、(5) 被上告人は、昭和四九年四月ころ第一審判決添付第一物件目録記載のネオン看板及び行灯看板(以下「本件広告用工作物」という。)をG部分の北側の壁面にはめこみ式に密着して取り付けたが、その取付方法は本件広告用工作物を建物本体の柱にボルト等で接合したうえ接合部分を壁面の一部としてモルタル吹付を施したものであるため、壁面及び本件広告用工作物の一部を毀損しなければこれを分離することができない、(6) 上告人は、蔡謀邦の地代不払に基づく借地契約の解除を理由として、同人に対して本件建物の収去及びその敷地の明渡を、また、関はなに対してG部分の退去及びその敷地の明渡を求める訴訟を提起し(神戸地方裁判所昭和四一年(ワ)第一一六一号建物収去土地明渡請求事件。なお、蔡謀邦は昭和四八年に死亡し、蔡妙子、蔡邦子、蔡淑珠及び蔡垂祐が右訴訟を承継した。)、右事件につき、昭和五一年一二月一四日上告人の請求を認容する判決が確定した、というのであり、右事実関係は原判決挙示の証拠関係に照らしてこれを是認することができる。

2  被上告人の本訴請求は、前記建物収去土地明渡請求事件の判決の執行力ある正本に基づいてされたG部分の敷地の明渡の強制執行につき、被上告人が本件広告用工作物を所有すること及び本件広告用工作物が民訴法(昭和五四年法律第四号による改正前のもの、以下「旧民訴法」という。)七三一条三項所定の「強制執行ノ目的物ニ非サル動産」にあたらないこと並びに被上告人がG部分を占有していることを理由として、本件広告用工作物及びG部分の強制執行の排除を求めるものである。

3  原審は、本件広告用工作物に関する右請求につき、本件広告用工作物は旧民訴法七三一条三項所定の強制執行の目的物にあらざる動産にはあたらないからこれを取り除いて債務者等に引渡すべきものとはいえない、との理由によりこれを認容すべきものとし、右請求を理由がないとして棄却した第一審判決を取り消したうえ、右請求を認容している。

しかしながら、旧民訴法七三一条三項は、不動産の引渡ないし明渡の強制執行にあたつて、その目的不動産上に存する動産に対する執行の方法を定めたものにすぎないから、目的不動産上に存する動産について利害関係を有していても、強制執行の目的物である不動産について所有権その他その譲渡若しくは引渡を妨げる権利を主張することができない者は、当該不動産の引渡ないし明渡の強制執行に対して第三者異議の訴えを提起してその執行を排除することはできないというべきである。したがつて、本件広告用工作物が右規定の「強制執行ノ目的物ニ非サル動産」にあたらないとの理由により被上告人の本件広告用工作物に関する第三者異議の訴えを認容した原判決は、旧民訴法五四九条一項の解釈適用を誤つたものといわなければならず、その違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。これと同旨に帰する論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、原審の確定した事実関係によれば、被上告人の本件広告用工作物に関する主張は理由がないから、被上告人の本件広告用工作物に関する請求を棄却した第一審判決は正当であつて、これに対する被上告人の控訴は理由がないものとして、これを棄却すべきである。

二職権をもつて調査するのに、原審は、前記事実関係のもとにおいて、被上告人は自己の商品の広告をするため本件広告用工作物を所有することによつて社会通念上G部分のうち本件広告用工作物が付着している建物部分(壁、支柱を含む。)につき事実上の支配をしているとの理由により、G部分に関する本訴請求のうち、右建物部分についてこれを認容すべきものとし、G部分に関する本訴請求を全部排斥した第一審判決を一部取り消し、右建物部分についての請求を認容し、その余の部分を棄却している。

しかしながら、不動産の非独立的な構成部分について占有があるというためには、その部分が特定しているだけでなく、その部分につき客観的外部的な事実支配があることを要するものと解すべきところ、本件において原審が確定した前記事実関係のもとにおいて、被上告人が本件広告用工作物を所有することによつてG部分の当該壁面について客観的外部的な事実支配があるものとは認められないというべきである。したがつて、被上告人は社会通念上G部分のうち本件広告用工作物が付着する建物部分(壁、支柱を含む。)につき事実上の支配をしているとした原判決には、民法一八〇条の解釈適用を誤つた違法があるといわなければならず、その違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決G部分に関する本訴請求のうち右建物部分に係る部分は破棄を免れない。そして、原審の確定した前記事実関係によれば、被上告人が右建物部分について占有権を有しているものとは認められないから、被上告人の右建物部分に関する請求を棄却した第一審判決は正当であつて、これに対する被上告人の控訴は理由がないものとして、これを棄却すべきである。

よつて、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(牧圭次 木下忠良 鹽野宜慶 宮﨑梧一 大橋進)

上告代理人宮内勉、同清水賀一の上告理由

第一点 原判決は民事訴訟旧第七三一条三項の解釈適用を誤つている。

一、原判決は理由三、(一)で本件広告用工作物(看板)は土地とその定着物以外の物たる動産であり、執行手続も本件建物収去、土地明渡の強制執行の「目的でない動産」に当ると認めながら、同(二)で、不動産の引渡等の執行において執行官が取除き債務者等に引渡すべき「強制執行の目的物でない動産」とは、それが債務者の所有であるか第三者の所有であるかを問わないけれども、債務者の直接占有に属するものであることを要し、第三者の所有物である場合にはその動産を取除くことが著るしく困難であつて、その物理的経済的価値の大半を毀滅しなければ取除けないものを含むものではないと解すべきであると判示し、本件建物G部分の外壁に付着している本件広告用工作物は被上告人が直接占有し、関はなはその電気の点滅、修理の要否等を看視している被上告人の占有補助者ないし占有機関にすぎず、本件広告用工作物を本件建物G部分から取除くには物としての価値ないし経済的価値を著るしく毀損することなしに行なえないことが推認できるので、本件広告用工作物は本件建物収去、土地明渡の強制執行において民訴法旧七三一条三項に基づき執行の目的物でない動産としてこれを取り除いて債務者等に引渡すべきものではないと論断している。

二、しかし、不動産の引渡し又は明渡し執行において「強制執行の目的物に非ざる動産」は、債務者の直接占有に属し、かつ、第三者所有物の場合はその動産を取除くことが著るしく困難で、物理的経済的価値の大半を毀滅しなければ取除けないものであつてはならないと制限的に解さねばならないわけはない。右条項には「強制執行の目的物に非ざる動産」と記載されているのみで、動産につき何んの制限も付していない。同条項は「若し債務者不在なるときは其代理人又は債務者の成長したる同居の親族若くは雇人に之を引渡す可し」と定め、同条四項、五項で「債務者及び前項に掲げたる者不在なるときは執行官は右の動産を債務者の費用にて保管に付す可し。債務者が其動産の受取を怠るときは執行官は執行裁判所の許可を得て差押物の競売に関する規定に従つて之を売却し、其費用を控除したる後其代金を供託す可し」と規定しているが、右動産につき何んの制限も付していない。

三、仮りに、「強制執行の目的物に非ざる動産」を原判決の判示する如く制限的に解すべきであるとしても、本件建物G部分の外壁に付着している本件広告用工作物は建物G部分を占有している関はなが占有している(原判決は関はなは本件広告用工作物の電気の点滅、修理の要否等を看視している占有補助者ないし、占有機関にすぎず、被上告人が占有していると判示しているが、一審判決の判示するとおり、関はなが被上告人との合意により本件広告用工作物の設置掲載の管理をして占有している)ものであり、また、本件建物収去土地明渡執行は上告人が本件建物収去命令(代替執行)により本件建物を取毀すのであるから、上告人が右命令により本件建物G部分の北側の壁を取毀すに際して本件広告用工作物を無傷で取除くことは極めて容易である(本件の場合、建物を毀さないで看板を取除けるのでなく、建物を取り毀すときに看板を取り外すのであつて、例えば、本件建物取毀しに際しG部分の北側壁を本件広告用工作物が付着したまま地上に倒し、地上において壁を取毀して右工作物を取除けると、工作物を傷めないで取り外すことができる)。

四、従つて、本件広告用工作物は本件建物収去土地明渡の執行において民訴法旧七三一条三項の「強制執行の目的物に非ざる動産」であるのにかかわらず、そうとはいえないと論断した原判決は右条項の解釈適用を誤つたもので、右違背は判決に影響を及ぼすこと明らかであるので破毀を免れない。

第二点 原判決に民事訴訟法旧第五四九条一項の解釈適用を誤つている。

一、原判決は理由第二、一、(十二)、(十五)乃至(十九)で、昭和四一年一〇月二五日上告人は関はなに対し神戸地方裁判所仮処分決定に基づき占有移転禁止の仮処分を移築前の本件建物の一階G部分及び二階部分に執行し、昭和四九年九月一日移築前の本件建物は土地区画整理法による直接施行により仮換地(現地換地)上に移築されたが、被上告人は同年四月頃移築後の本件建物G部分北側の壁面に本件広告用工作物を付着したが、上告人は蔡謀邦の承継人ら及び関はならに対する本件建物収去土地明渡請求事件で昭和五〇年二月二八日神戸地方裁判所で勝訴判決があり右判決は昭和五一年一二月一四日確定したことを認定し、同四、(一)で被上告人は本件広告用工作物を所有することにより右工作物(看板)が付着している本件建物G部分のうちその壁部分を占有していると判示し、同第三、二で建物収去土地明渡の強制執行に対し建物の全部又は一部につき占有権を有する第三者は、その占有権をもつて執行の目的物の「引渡しを妨げる権利」にあたるものとし第三者異議の訴の理由とすることができ、その占有が執行債権者に対抗しうる正権原に基づくものであることは特段の事情のない限り必要とするものではないと判示して、被上告人は右壁部分の占有権をもつて執行の目的物の「引渡しを妨げる権利」にあたるとして第三者異議の訴の理由とすることができると論断している。

二、しかし、民事訴訟法旧第五四九条の「目的物の引渡を妨ぐる権利」としての占有権の占有が執行債権者に対抗しうる正権原に基づくものであることは、特段の事情のない限り必要でないとしても、右占有は執行債権者に対抗しうるものでなければならない。本件建物は神戸市長施行の土地区画整理法による直接施行により仮換地(現地換地)上に移築されたが、移築の前後を通じ建物の同一性は失われていないので、前述のとおり被上告人が関はなとの合意に基づき本件広告用工作物を本件建物G部分の北側の壁面に付着したのは、上告人が関はなに対して本件建物G部分及び二階部分に占有移転禁止の仮処分執行をした昭和四一年一〇月二五日より後の昭和四九年四月頃で、関はなは占有移転禁止の仮処分に違反して昭和四九年四月頃に被上告人に対して本件建物G部分の北側の壁のうち本件広告用工作物の付着している部分の占有を移転したが本案訴訟は昭和五一年一二月一四日確定したものである。

三、不動産の執行官保管、占有移転禁止処分がなされているのに、債務者が仮処分命令に違反して第三者に占有を移転した場合、本案訴訟において債務者の占有喪失を顧慮しないで債務者を被告としての不動産の引渡または明渡請求につき判断でき(最高昭和四六、一、二一)、債権者が本案訴訟で勝訴し明渡の本執行をする場合、仮処分執行後本案訴訟の口頭弁論終結までの間に係争物の占有を始めた第三者は、口頭弁論終結後の承継人または債務者のために目的物を所持する者と同視し、本案判決に承継執行文の付与を受けて第三者に対し執行しうるのである(東京高昭四二、一〇、一九)。

四、従つて、被上告人は本件広告用工作物による本件建物G部分の北側の壁のうち右付着部分の占有を以つて、上告人の本件建物収去土地明渡の強制執行に対抗することができないのにかかわらず右占有権をもつて執行の目的物の「引渡しを妨げる権利」にあたるものと論断した原判決は民事訴訟法旧第五四九条の解釈適用を誤つたもので、右違背は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから破毀を免れない。

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